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Lee-Byung-hun addicted

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第6話


『Fly me to the moon』 完結編 (6)


「ただいま~あれ、ウナ、どうしたの」
ソファの下に受話器をもったまましゃがみこむウナの姿を見て彰介は驚いたように言った。
「今、ソウルのテヒさんから電話があってね。テプン君アメリカに来てるんだって。それで遥と会ったみたい。テヒさん、テプン君の初恋の相手が遥だからこのままにしておいたら良くないって。どうしよう。」
「どうしようったって。まさか年下だし、まだ16だろテプン君。あんまり真剣に考えなくてもいいんじゃないか」
「ただいま~」
「あれ、遥早かったじゃない。」
「え~だってビックニュースがあるんだもん。飛んで帰ってきたのよ。あのね。今日すっごい人と会っちゃった。誰だと思う?あのね。それがねビョンホンおじさんとこのテプン君なのよ~~~。」遥はいつにも増して興奮して喋っていた。
「彼、すっごいカッコよくて私の友達なんかもう連絡先教えてくれって大騒ぎでね。」
「だって、3つも年下じゃない?」ウナが驚くように言うと
「愛に歳は関係ないんじゃない」遥はあっさりとそう答えた。
「じゃ着替えてきます~」遥は階段を駆け上がっていった。

「・・・・・・」
残された二人は頭を抱えるしかなかった。
テヒにはとりあえずアメリカにいる彰介とウナが二人の関係については様子を見るということを約束した。
芽があるのだったらば早いうちに何とかしなければならない・・。三人はそう考えていた。

数日後、珍しくその電話は朝、かかってきた。テヒの予感は的中していた。
テヒは洗濯を干していたので外出前にエスプレッソを飲んでくつろいでいたビョンホンが受話器をとる。
「えっ、父さん?珍しいなぁ~。元気?えっ、僕?僕は元気だよ。ねえ、それより、今日は報告があって電話したんだ。僕、遥ちゃんと付き合うことにしたんだ。もちろんいいよね。」
「お前、朝っぱらから急に電話してきて何言ってるんだ。」
「だから、この前話したろ。彰介おじさんところの遥ちゃんにこっちで会ったって。
でね。もう、ステディーとして付き合ってくれるように申し込んだんだ。」
「えっ、そんな話聞いてないよ。」
「おかしいな。母さんにちゃんと話したんだけど。とにかくそういうことだから。あっ、時間だ。じゃあ、切るね。また電話する。」
「おいっ、まだ話が・・・全くどうしてアイツはああなんだろうな。全くせっかちなんだから」ビョンホンは苦笑いをした。自分の若い頃に似ているような気がした。
「あら、電話でした?こんな朝に誰から?」
「テプンからだった。はるかちゃんとステディーの約束をしたそうだ。僕に話すのを忘れるなんて君も歳だね。」ビョンホンはそういって笑った。
「どうしましょう。大変だわ。」
「何が?何が大変なんだ」
「テプンよ。あの子取り返しがつかないことを」
「何、言ってるんだ。はるかちゃんならいい子だし、まあ、歳は上だけどいいじゃないか。もう、20歳になるか。綺麗なお嬢さんになったんだろうな。あれ以来会ってないからなぁ。」ビョンホンは月の話をした逗子の夜のことを思い出していた。
「あなた、これだけは許すわけにはいかないの。」
いつにないテヒの強い口調にビョンホンは驚いた。
「どうして」
「どうしても。どうしてもあの二人の交際は認められない」
「だから、どうして。ちょっと冷静になれよ。君らしくない。」
ビョンホンはそういうとテヒを抱きしめた。
「あなた、私、今初めて揺さんを恨んでる。何でこんなことをするのか。わからない」
ビョンホンはテヒの口から揺という言葉が出たことに驚いていた。
ここ数年、二人の会話の中で揺の話が出ることはなかった。
もうそれくらい長い長い月日が流れていた。
「テヒ。このことと揺と何の関係があるんだ」
「言えない。言えない。私からは言えない。でもとても重要なことなの。テプンのこれからもはるかさんのこれからも全部揺さんにかかってるの。あなた、忙しいのはわかっているけれど話は急を要するわ。アメリカに行って。彰介さんから話を聞いて。」
こんな強引な彼女は初めてだった。仕事が詰まっていることは確かだったがこのままにしておくわけにはいかない問題なのだということがヒシヒシと伝わってくる。
「わかった。行ってくるよ」
翌日、ビョンホンはスケジュールを調整して急遽アメリカに旅立った。
行きの飛行機の中ビョンホンは考えていた。
あの後、電話で彰介と話した。「ヒョン。この話は電話では話せない。俺がそっちに行ってもいいが結局ははるかやテプン君にも会って話すことになるから、忙しいのにすまないけどヒョンにこっちに来てもらうのが一番いいと思うんだ。」

一体何が問題なんだろう。久遠寺はるか・・・あの可愛い女の子がテプンと恋に落ちかけている・・・ビョンホンにはそれが素晴らしいことのように思えていた。
(揺・・・お前、何をしたんだ。珍しくテヒがお前のことすごく怒ってたぞ。彰介も困ってるみたいだった。また何か頼んだのか?)
ビョンホンはそう自分ひとりで自分に問いかけているのが可笑しかった。もう20年もこんなことをしてきたのか・・・。
ビョンホンの疑問はロサンゼルスで一瞬にして解決することとなる。
彼が彼女に会っただけでそれは明らかになる運命だった。


「ひさしぶりだな。彰介。おじさんの葬式の時が最後だからもう5年になるか。」
ビョンホンは彰介とハグしながら懐かしそうにそういった。
「ああ。もうそんなになるのか。お互い歳とったよね。ヒョン」感慨深げな彰介。
「みんな元気?」
「ああ、ウナは僕の仕事の最高のパートナーでもあるし、遥は大学で映画の勉強をしている。スエは全寮制のハイスクールに入ってるよ。」
「そうか。良かった。で、仕事はどう?」
「うん、うまくいっている。すっかり日本映画と韓国映画のアメリカでの地位も確立したしね。半分はウナのおかげだけど。」
彰介は映画の配給会社のジュニアとしてアメリカに渡り20年すっかり現地でのアジア映画の上映に関してのマネージメントを一手に引き受けるまでにビジネスを成長させていた。
「実際お前がここまで頑張るとは思わなかったよ。」
ビョンホンはちょっと意地悪っぽく言った。
「ヒョンこそ、韓国を代表する俳優としてハリウッドでも成功して。俺の仕事だってヒョンの映画に助けられている部分が多いんだぜ。本当に感謝してるよ。」
「また。相変わらず調子がいいな。お前がそうやって調子がいいこと言う時こそ危ないんだよ。で、今回は忙しい俺をなんでロスまで呼びつけたんだ?テヒの様子からするとただ事でないようだったが」ビョンホンの顔が少し曇ったかに見えた。
「それはもうすぐわかる」彰介はそういうとビョンホンの両肩をしっかりとつかんで目を見つめた。
「なんだよ。」いつもと違う様子に不思議がるビョンホン。
「いや。あ、コーヒーでも入れるよ。ヒョン座ってて。」
「ああ」
彰介が出て行った後、何気なく部屋を見回すビョンホン。
いたるところに飾られた家族の写真。微笑ましく思い手に取る。
その時、ビョンホンの手が止まった。
そこには彰介とウナ、遥とスエの笑顔が写っていた。
「・・・・揺?」ビョンホンは目を疑った。そこに家族として写っていたのは
「橘 揺」だった。あれほど愛していた彼女がそこにいた。
一体、どうなってるんだ・・・。考えればすぐにわかることなのにあまりの衝撃にビョンホンはただ写真を見つめるだけだった。
「ただいま~」
そんな時、玄関から声が聞こえた。
「あれ、珍しい。パパいるの?」そういいながらリビングのドアを開けたのは『遥』だった。
「揺・・・・・・」
「あ、こんにちは・・・もしかしてビョンホンおじ様・・ですか?」
ビョンホンはあまりの出来事に驚いて答えられぬままその場に立ちすくんでいた。
「ヒョン、ブラックで良かったかな。ミルクの場所がわからなくて・・」
トレーを持った彰介が戻ってきた。
「あ・・・お帰り。」
「うんん・・・パパ、こちらビョンホンおじ様よね。・・・たぶん。」
反応のないビョンホンを見て不安になった遥は彰介に尋ねた。
「ああ。そうだよ。お前よくわかったな。ほら、久しぶりで遥がとっても大きくなってビックリしてるんだよね。ねえ、ヒョン。」彰介は取り繕うように言った。
「ああ。」ビョンホンは一言言うのがやっとだった。
「あ、そうだ。お前さぁ、母さんがちょっと手伝い頼みたいって言ってたから今からオフィスまで行ってきてくれないか?夕飯母さんと美味しいもの食べてきていいから。」
「えっ、そうなの。美味しいイタリアンでもおごってもらおうかな。じゃあ、おじ様また後でゆっくりソウルのお話聞かせて下さいね。」
彼女はそういうとにっこりと微笑んで家を後にした。

「・・・・・・・・」
「ヒョン・・・・すまない。」
「・・・・・・一体どういうことなのか。きちんと説明してくれるよな。」
ビョンホンは額に手を当てたまま淡々といった。
「僕が揺の妊娠を知ったのはだいぶ後のことなんだ・・・」
彰介は20年前の出来事について知っている限りの事実を正確にビョンホンに伝えた。
「ヒョンの映画がクランクインしてまもなく揺は自分が妊娠していることに気づいてとても喜んでたんだって。ヒョンがいない間に生んでおこうってルンルンしながらウナに話したらしいよ。でもその頃から吐き気などの体調の変化が酷くてね。揺はずっとつわりが長引いてるんだと思っていたみたい。それでも赤ちゃんのためだって言ってバクバク食べてたって。食べては吐いてみたいな生活を続けてたらしい。ウナは傍で見ていたからとっても辛そうだったって言ってたよ。でも、あんまりひどいから心配しておばさんが病院に連れてったらスキルス性の胃がんが見つかったんだ。ちょうど6ヶ月めくらいだったかな。僕が揺の妊娠を知ったのはこの頃だ。そりゃ、大騒ぎでね。スキルス性の胃がんっていうのは妊娠・出産したりすると急激に進行するガンらしくってね。医者には医療的な措置として中絶をしてガンを治療することを強く勧められたけど揺は頑として受け入れなくて。
産ませてくれないなら舌をかんで死んでやるとまで言ってたよ。それからヒョンに知らせても死んでやるって。それぐらいアイツ必死でさ。どうしてもヒョンの子供を産みたいって。もう長くない自分の命のためにこの子を犠牲にすることはできないって。あの人は絶対反対するから呼んじゃダメだって。
もちろん妊娠してるから抗がん剤も投与できないし放射線治療も出来ないだろ。医者に言わせると母体が8ヶ月近くまでもったのは奇跡に近いらしい。
そして、帝王切開で未熟児の状態で遥は生まれたんだ。揺が自分の命を削って生んだヒョンの子供だよ。何とか無事に生まれたときはそりゃ揺はずっと泣いて喜んでた。
そして僕とウナと橘のおじさんとおばさん、うちの両親を呼んで泣いて頼んだんだ。
ひとつは自分が初めからいなかったかのようにヒョンに思わせるようにお芝居をして欲しいということ。これはもう20年前に終わったことだ。ヒョンも揺からの手紙を受け取ったからその気持ちはわかったよね。そしてもうひとつのお願いだ。生まれた赤ちゃんを僕とウナの子供として育ててほしいということ。ヒョンには絶対に内緒にして。揺は子供がヒョンの人生の荷物になるのを恐れていた。理由はどうあれ自分が勝手に産んだんだから迷惑をかけられないって。彼に真実を話したら一生結婚しないで子供を育ててくれるに決まっている。おまけに私が妊娠が理由で治療を受けないで死んだことを知ったら絶対に後悔して生きていくことになる。彼の性格から考えて絶対に仕事に支障が出る。それが嫌だって。本当に我がままな奴でさ。でも気持ちが痛いほどわかった。揺はヒョンのことが好きで好きで仕方がなかったんだ。ただそれだけなんだって。誰も嫌だって言えなくて。誰もダメだって言えなくて。点滴の針の跡で真っ黒になった手を伸ばして愛おしそうに生まれた赤ちゃんを撫でる姿が可哀想で。。。それでみんな共犯者になったんだ。
ヒョン、『はるか』ってどう書くかわかるかい?揺という字のつくりに『道』のしんにょうをつけるんだよ。揺の分まで自分の道を歩いて欲しいからウナと二人でつけたんだ。いい名前だろ?」
ゆっくりと語りながら彰介の目からは涙がぽたぽたと落ちた。
聞いているビョンホンの目からもとめどなく涙が溢れ出していた。
「トメおばあちゃんがさ・・・言ったんだよ。20年前。嘘には理由がある。真実はひとつじゃないこともある。って・・・。何か引っかかってたんだ。そういうことだったのか。」
ビョンホンは涙を手で拭いながらつぶやいた。
「俺は揺にまんまと騙されたってわけか。全くアイツ。・・しかしテヒはいつからそれを知ってたんだ。」
「テヒさんはほら、一度逗子でばったり会ったことがあったろ。あの時、遥を一目見てぴんと来たらしい。もうあの時点で揺の雰囲気が漂ってたからもう、こっちはドキドキだったんだ。ヒョンが気がつくんじゃないかって。」
(そうか・・・あの不思議な感覚はそういうことだったのか・・)ビョンホンは13年前の
あの日を思い出していた。
「テヒさん、そのときに言ったんだ。ヒョンがいつ遥が自分の子供だって気づくかは揺が決めることなんだって。ヒョンとテヒさんにとって揺さんの存在はそういうものなんだって。僕ら妙に納得しちゃってさ。そのときはそのままにしたんだ。でも何だかばれることが怖くなってきて。」
「それで、遥ちゃんと俺を会わせないようにしてたのか・・」
「気がついてた?」
「いや、今そう聞くと思い当たることはいろいろあるが・・・それだけ皆苦労してくれたってことだろう。彰介・・・・20年長かったろ。本当にありがとう感謝してるよ。お前にもウナさんにも。」
「いや、俺たちだって遥との生活は揺がいるみたいで楽しかったから。ただ今回のことは正直参ってるんだ。遥は何も知らないから。」
「そういうことか・・・。そうだよな。遥ちゃんとテプンは兄弟なんだものな。皆が必死になった理由がわかったよ。・・・彰介、遥ちゃんに話すの俺に任せてくれないか。」
「えっ、ヒョンが話すの?大丈夫なの」
「ああ、何だか不思議と動揺してないんだ。きっと心のどこかで期待していたのかもしれない。揺を失った時は死にそうなくらい苦しかったけど・・今度は違う。揺が残していった宝物を20年目にして発掘した気分なんだ。確かに産んだ時の揺を思うと可哀想で辛いけどきっとあいつは後悔してないと思う。だから俺も後悔しない。そして遥ちゃんに真実を話すことが揺が決めた俺の仕事なんじゃないかって。遥ちゃんを4、5日借りていいかな。連れて行きたいところがあるんだ。」
「ヒョン、仕事は?」
「これは俺の人生にとって仕事より重要な使命だから何とかするさ。」
そう語るビョンホンの顔は彰介が驚くほど晴れやかだった。




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